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[ 2015年02月27日 - 12:47 ]

【トルシエ以降の日本代表監督人事はこうすべきだった】



トルシエ(1998 2002 )

ミルティノビッチ(2002 2004)

ハリルホジッチ(2004 2006)

オシム(2010 2014)

イルレタ(2014 2018)

ジーコ(2018 2022)




スレッド作成者: これ (kylJCzxquRM)

このトピックへのコメント:
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(03/01 - 09:24) ↓>02/28 - 09:10 確か2002年の技術レポートの段階でダイヤモンド形を各地に創ってパス回すトルシエの戦術が報告されてたはずだから、ジーコ時代には既にわかっていたのにやらなかったのが問題。少なくとも技術畑の人はわかってても、川淵は全くわかってなかった。彼は政治力と根回しの面では有能でありながら、肝心の「芝の上の出来事」に疎かったのが災いした。オシムの功績は陳腐な陣形論抜きに、個々の状況判断で数的優位を創れると一般的なファンにもわからせたことかな。ただオシムはジェフでマンツーマンディフェンスから始めたように、少なくとも守備での1対1での個の対応を軽視してたわけではない。攻撃は最終的にフリーのシューターを創出して得点することに美学を持っていたとは思うが。ザック時代も選手がそれに引っ張られれた感はある。まあ遠藤いないと機能しないチームだから当たり前だけど。
(02/28 - 09:10) 2315 なるほどね。ただジーコの時代は日本人のサッカーがトリオ+αとは分かっていなかった気がする。それは数的優位をいかに作り出すかを浸透させたオシムの考え方。結局ザック後、選手自身からやはり個で勝てなければ、という言葉が漏れているが。日本は今戦術に寄りすぎていると個人的には思う。
(02/28 - 08:57) オシムは2006年よりまえじゃないと倒れちゃうだろ
(02/28 - 01:34) ジーコはいらんやろw 最後にオチいらんでー
(02/27 - 23:15) ↓そう思ってしまうサッカーへの理解の無さが癌。「戦術はトルシエで限界、今度はジーコで個人」という戦術と個をあたかも二項対立であるかのように錯覚している時点で、監督人事の能力がないことを当時から川淵自らが証明してしまっていた。本来はトルシエで見えた限界の次を、同じ方向のベクトルの先に伸ばさなければいけなかった。でもジーコという別のベクトルをもう一度引き直してしまったので、積み上げたものは選手個々に蓄積した経験のみで、結果的にそれを消費することになってしまった。ブラジルは個+コンビのサッカー、日本はトリオ+αのサッカー。ジーコの能力以前に代表監督にはそもそもミスマッチだった。ジーコは結果を出す代表向きってのは誤解で、むしろ個を育成する方に向いてる。
(02/27 - 17:30) 川淵のJ創設というキャリアの最後の一花だったんだろ。思いのほか監督としての能力があれだっただけでね。もっと出来るかと思ってたろ周囲も川淵も。
(02/27 - 17:27) ジーコにした一番の理由はマッチメークだろ、そして日本をやりたがる監督は今よりもすくなかった、それこそいまだって苦労してるのに
(02/27 - 16:30) 年齢的な事を思えばオシムは遅過ぎたんよね。
(02/27 - 16:27) 2006-2010は誰やねん。
(02/27 - 16:23) トルシエから即オシムなら良かったかもね。その後、クルピ。
(02/27 - 14:35) つまりしっかり強化してから客寄せジーコ、の順番がよかったって事か。それはそうかも。
(02/27 - 13:28) いまだに指導力のある戦術家の監督が求められていることを考えると、すべてないジーコをはさんだのはかなり痛かった
(02/27 - 13:20) 2010は岡田でいいじゃん
(02/27 - 13:06) くっさ
(02/27 - 12:51) イルレタて、実際どうなのさ?