トップページ
(負荷軽減のため省略中)


[ 2016年12月26日 - 19:26 ]

【通訳へのなり方 中田英寿の通訳の場合】

■ 「イタリアに語学留学しようと思ったんです。それで約1年間、肉体労働をして資金を貯め、忘れもしない1997年5月29に日本を発ったんです」

降り立ったペルージャの町で勉学に励みつつも、田村はカルチョを堪能することを忘れていなかった。当時、セリエBに在籍していたペルージャのシーズンチケットを購入し、レナト・クーリ・スタジアムに足繁く通った。クルバ(熱狂的なサポーターエリア)に珍しい日本人がいる。その噂はたちまち広まり、当時、オーナーだったガウッチ家の耳にまで入った。

語学留学から1年が過ぎた1998年7月、人づてにルチアーノ・ガウッチの息子から連絡を受けた田村は、「手伝ってほしい」との依頼を受け、古城へと連れられていく。なにやら、そこでは会見の準備が進められていた。敏感な人ならばお気づきだろう。そう、それが中田英寿の入団会見だった。

「まだ言葉もたいして分からないのに引き受けてしまったので、ぼろぼろの記者会見だったんです。思い切って引き受けたのは、若気の至りというんですかね。でも、後悔はしていないんです。それがきっかけで、サッカーの世界に飛び込めたんですからね」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/32418



スレッド作成者: あなたもはじめの一歩を踏み出そ (B8qm7c4Dd2Q)

このトピックへのコメント:
お名前: コメント: ID Key: IDを表示
悪質な誹謗・中傷、読む人を不快にさせるような書き込みなどはご遠慮ください。 不適切と思われる発言を発見した際には削除させていただきます。
(12/27 - 00:53) 俺もスペイン語のコロンビア美女に南米に誘われたな。日本人気があるとかで日本人が珍しいと。まあ渡航費すら出せない貧乏だから諦めたけど
(12/26 - 21:08) 俺のネットから知り合った友達は10年くらい前にこれと同じ感じでサレルノに語学留学してたな。サッカーは全く好きじゃなかったらしいけど、いかんせんサレルノの町全体がサッカー一色もあり、好きになっていってサレルニターナ応援しにスタジアム行ってたらしい。