■ 「おーい新入り、機械止まってんぞ。何やってんだこのヤロー」

工場長から怒声を浴びる。

「すみません、見てきますっ！」

僕が慌てて機械を確認しに行くと、たんぽぽが詰まっていた。今日だけで3回目だ。僕はたんぽぽをピンセットで慎重に摘み出し、レールに戻す。機械が回り始めた。

「OKですっ」

「OKですじゃねぇ。次やたらぶっ飛ばずぞ」

工場長はおかんむりだ。

「おい、昼飯行こうや」

振り返るとアツヲさんが空腹で今にも死にそうという表情で立っていた。

「アツヲさん、先に行っててください。僕も抜けると怒られちゃうんで」

「ええから行くで。ワイ今日財布忘れてしもたんや」

　アツヲさんが財布を忘れるのはいつものことだ。僕はアツヲさんに腕を引っ張っられ、強引に外へと連れ出されてしまう。



「なんやなんや、売り切れやん。おい坊ちゃん刈り。オイそこのお前や店員。もっと置いとけや。本社にクレーム入れんぞ」

　どうやらお目当てのアンパンが無かったらしい。アツヲさんは渋々買い物かごに焼きそばパンと焼酎を詰め込む。このアツヲさんという人は僕の先輩だ。
　僕はこの春、非正規ながら工場で働き始めた。工場といってもやることは簡単で、流れてくる刺し身にたんぽぽを乗せるだけの単純作業だ。アツヲさんは僕よりもずっと前からこの工場で働いているベテランらしく、僕は初日からアツヲさんにお世話になっている。

「あいつクビになったらしいで。お前と一緒に入ってきたやつ」

　アツヲさんは僕の買った焼きそばパンをもぐもぐ食べながら僕にそう言った。

「馬瑠さんですか。あの人しょっちゅう煙草吸いに行って作業止まってましたもんね」

「ワイは気に入らん」

　アツヲさんは僕のカニパンにも手を伸ばす。

「馬瑠さんですか？」

「ちゃうちゃう。工場長の誉吉や。お前は入ってきたばっかやから知らへんやろけど、あいつはすぐバイトを切りよる。噂によるともう一人切りたがっとるらしいで。ほんまあいつらワイらを人間扱いしてへんわ。おい、そこの焼酎よこせ」

　僕は焼酎を手渡しながら、さっき工場長に怒られたことを思い出す。

「次は僕ですかね？」

「かもしれへん。まぁワイは5年目やからな。ワイみたいな年季の入った男がおらへんと工場は回らへんから、切られるならお前やろな」

　やっぱり、休憩に入らず作業を続けていればよかった。僕は酷く後悔する。

「今は厳しい世の中や。ワイみたいな有能でさえこんなアホみたいな工場に甘んじとるんやから。せやけどワイはこんなもんやあらへん。ここから羽ばたくんや」

　アツヲさんは昼飯のとき、よくこの話を僕にする。アツヲさんはビッグになりたいらしい。

「アツヲさんの夢はなんですか？」

　僕は興味本位で聞いてみた。アツヲさんは耳を貸せという仕草をして声を潜める。

「しゃーないからお前には教えたる。それはな、海外進出や。まずは東南アジアやろ」

　なるほど。その為の資金稼ぎで今工場で働いているのだろうか。でもアツヲさんは貯金とかしなさそうな人だけど。僕は思わず出そうになったその言葉を慌てて引っ込める。危ない。危ない。

　バタンッ！そのとき、扉が勢い良く開いた。

「てめえら。さっさと戻れ。作業遅れてんだぞ」

　アツヲさんは真っ先に出ていった。散らかったテーブルを片付け、僕も休憩室から出ようとする。

「おい。糸魚川。今日は事務所寄って帰れ」





　夕刻。今日の作業が終わった。僕は午後から懸命に働き、遅れた分を取り返した。

「お前そんな頑張ったら腱鞘炎なってまうで」

　汗だくになった僕にアツヲさんは水を持ってきてくれた。アツヲさんはたまに優しい。

「クビになったら嫌ですからね」

　僕は水を勢い良く飲み干す。カルキ臭い。水道水のようだ。

「ほな帰ろうや。焼き鳥食いにいくで」

「すみません、アツヲさん。さっき工場長に事務所寄ってけって言われたんですよ」

　アツヲさんの夕飯を奢るのが嫌だったのもあるけど、今はとてもそれどころじゃなかった。

「なんや。とうとうクビかいな。ほんま厳しい世の中やなー」

　アツヲさんは高笑いしながら帰っていた。気楽な人だ。羨ましい。

　背筋を正し、僕は工場長の居る事務所の扉を開く。

「失礼します」

　工場長は何かのファイルを見ながら難しい顔をしていた。僕の顔をチラリと見ると、座れという仕草をした。

「何のご用でしょう？」

　とても座ってなんかいられない。早く用件を知りたいのに。

「今日な。機械止まっただろ。ああいうのがしょっちゅうあると困るんだよ」

　やっぱりクビの話だ。立ちくらみがする。

「すみません。本当にすみません」

　僕は必死に謝る。ここでクビになったらまた仕事探しの毎日だ。しかし工場長の発した次の言葉は僕の思いがけないものだった。

「いや、お前か原因じゃないんだあれは」

　えっ。どういうことだろう。

「あの男だよ。お前に先輩風吹かせてるあの男。あいつのいい加減な仕事に俺は参ってるんだ」

　びっくりした。てっきり僕のせいだと思っていた。

「そうだったんですか。でもだったら、アツヲさんに言ったほうが」

　工場長はすっかり禿げ上がった頭をポリポリ掻きながら、言いにくそうに答えた。

「まぁ、あいつ切ろうと思っててな。ほら、お前あいつとよく一緒にいるだろ。だから言っておこうと思ったんだよ。これからは困ったことあればヒョウさんに世話してもらえ」

　なんてことだ。信じられない。あのアツヲさんがクビになるなんて。

「ま、話はそれだけだ。帰っていいぞ」



　アツヲさんと明日会ったとき、どんな顔をすれば良いのだろう。アツヲさんにはたかられっぱなしで正直なところあまり好きでは無かった。それでもお世話になったことに違いはない。だからって僕がどうこう出来る話ではないのもまた事実だ。僕は帰り道、胸騒ぎがおさまらなかった。


　翌日。出勤すると工場内に人だかりが出来ていた。まさか。
もうアツヲさんのクビが皆に告知されたのだろか。僕は急いで近づくと、工場内のリーダー格ヒョウさんが困り果てたという表情で立っていた。

「ヒョウさん。アツヲさんの件ですか？」

「アツヲ？何言ってんだよお前」

　ヒョウさんは続けてこう口にした。

「工場長が刺されたんだよ」

　えっ。刺された？工場長が？
なんで？僕は頭が真っ白になった。

（続く）


■連載中

糸魚川主役のミステリー『迷探偵イット』

ヘンリク主役の官能小説『蜜壺症候群』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-12224424

仮面舞踏会×泥レス『雄猫たち』

■連載予告（年内）

セカタビ主役の世界紀行ドキュメンタリー『拝啓、親父へ』

チェレヴィチキ主役のラブロマンス『恋い焦がれるマトリョーシカ』

KAGEURA主役のサイコスリラー『復讐するはワイにあり』

■連載終了

仮面舞踏会×フットボール『ガゼッタ・デロ・オネェ』
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