トップページ
(負荷軽減のため省略中)


[ 2017年05月20日 - 22:25 ]

【辰巳ノベルズ『雄猫たち』第1話】

■ 『蹴球の仮面舞踏会』との連動ノベル、新章スタート。5月14日あの夜の死闘が今甦える。





 カランコロン……

 扉が開き、恰幅の良い男が入ってくる。

「あら、遅かったじゃないの」

 待ちくたびれた女は気だるそうにそうに口を開く。

「おう。仕事が捗ってな。マスター、いつもの」

「えっ。お客さん、誰です?」

「……!? テキーラだよ、テキーラくれ……」

 ここは新宿二丁目に佇む、とある隠れ家バーである。ハードボイルドを気取るこの男の名は松木コク太郎。仕事は表向きジャーナリストだが、本業は二丁目きっての優良店『三ツ星マッスルデラックス』のスカウトだ。

「それで?見つかりそうなの?」

 コク太郎が咥えた煙草に、女はおぼつかない様子で火を点ける。

「ちょっ、アチチっアーチーチーッ……!うっ、うわああああああああああああ」

 袖を焼いた火はまたたく間にコク太郎の全身を焼き尽くさん勢いで広がったが、マスターが放った消化器で鎮火された。

 気を取り直しコク太郎は答える。

「イキの良いのが一本や二本どころじゃねえ。たんまりいやがる」

 黒焦げコク太郎は湧き上がる興奮を抑え切れないといった感じで腰を前後にカクカク動かし、泡だらけになったテキーラを一気に口に流し込んだ。

「ふふ、面白い話が聞けそうね」

「フヒヒッ……。たんまり聞かせてやる。今夜は寝かせねえんだからな」





・・・ 2日前

 俺はうだるような暑さの中、泥レスが行われるという会場へ向かっていた。全く乗り気では無かったが、昨晩、駅のホームで泥酔しているブラジル人に肩を貸してやったところ

「アタシ名前ワシミウソン言ウネ。コレオ礼ネ。ココ行クト良イネ。アナタ幸セナルネ」

 そう言ってズボンのポケットに無理やりチケットを捩じ込まれたのだ。男と別れたあと、上着が随分と軽くなっていたので今度は内ポケットを探ってみると財布がスられていた。やられた!

 「あいつを、ワシミウソンとかいう男をぶん殴ってやりたい」

 俺の財布の中には金などたいして入っていないが、その代わりに人妻クラブやおっパブの割引券がはち切れんばかりに詰め込まれている。いわば宝の山だ。本来ならばすぐにでもあいつを探しに出掛けるべきなのだが、生憎俺には期限が迫っていた。そう、俺が雇われ店長をやっているダンディーパブ『三ツ星マッスルデラックス』が深刻な人材不足に陥っており、3日以内にアテを見つける必要があったのだ。

「今日が期限日か。泥レス……、こんな怪しげなところに真のマッスルを持つ男がいるわけねぇよな」

 しかし今の俺には他に検討の付く場所が無い。俺は腹を括り、チケットに記載されている泥レス会場とおぼしき場所に到着する。
 見るとそこはなぜかアジア系の食材店だった。ここ?……ではないよな……。小一時間周辺をウロウロしていると、この店には似つかわしくないサーファー風の胡散臭い店主に見つかり、俺はチケットを提示すると店内に招かれた。どうやら泥レス会場は店の地下にあるらしい。

 じめじめしたカビの臭い。薄暗い照明。肌に感じる地響き。野太い歓声。階段を降りるとそこはムンムンとした熱気が立ち込める異空間だった。血走った目をした大勢の半裸男がところ狭しと会場を埋め尽くし、中央のリングではまさに今、戦闘が開始されようとしている。

 俺は決死の思いで半裸男を掻き分けリングに近づくと、いつの間にか俺も身ぐるみが剥がされていた。なんて恐ろしい場所に来てしまったんだ……。そのとき、野郎どもの雄叫びを掻き消すような甲高い声が耳に響く。リングに目をやると豹柄のボンテージを身に纏った女がいた。中々良い女だが、しかしなんだあれは……?これからなにが始まる……?

「麗しきリングの女豹。エウレカセブンだよ」

 思わずぎょっとした。尻を鷲掴みされたような感覚と同時に、隣の男が話しかけてきたのだ。

「アニキ、初めてかい?僕はメンディ。メンディ坂野。関口と呼んでくれ。ここの常連客さ」

 関口という男は俺の尻を更にふた揉みしてから、ところどころが抜けた歯を見せニカッと笑った。しまった、妙な男に捕まったか……。しかし俺は自分の目的を思い出す。今日は情報収集だけを考えろ。

「お、おう。俺はコク太郎。松木コク太郎だ。ときに関口、あのリングの……エウレカセブンだっけか。まさかこんな危なそうな場所に女が居るなんて思わなかったよ」

 関口は引き続き俺の尻を揉みながら答える。

「ははっ。泥レスは別名キャットファイトとも言うんだよ。まぁ見てなって」

 すると、リング上のエウレカセブンはけたたましく吠えたかと思いきや、相対する男をムチでシゴキ始めた。

「なっ……に……?!なんて乱暴な!!」

「アニキ、女に興味がないからって女を甘く見ちゃいけないよ。それにエウレカセブンの背後を見てみなよ。迷彩エナメルスーツを着こなした男が仁王立ちしているだろう?」

「お、おう。実はさっきからあの男も気になっていたんだが一体……」

「彼はベトナム人のフォー。ベトナムの泥レス界を制覇して日本にやってきた軍人さ。彼とエウレカセブンのタッグは痺れるくらい攻撃的なんだ」

 エウレカセブンの鞭打ちに相手が怯んだ瞬間、走り込んできた軍人フォーのライダーキックが炸裂した。

「ふぉおおおおおおおおお」

 ギャラリーの野郎どもから歓声が湧く。

「すげえ蹴りだ。勝負アリ、か。ライダーキックは日本製のはずなんだが」

 思わず俺が呟くと、関口はアイドル顔負けのウインクをしてみせた。気色悪い奴め。

「アニキは早漏だな。そう簡単にいかないのが泥レスなんだ」

 相手の方へ目を向ける。相手も二人だ。フォーのキックを喰らったニッカポッカの男と、大量の文庫本らしきものを背負った三島由紀夫風の男が立ち上がる。

「あいつらヤラレっぱなしのようだが反撃のチャンスはあるのか……?」

 教えてやると言わんばかりに、関口は俺の尻を強く揉み扱く。痛え。痛えが我慢だ。

「あのニッカポッカは重戦車レヴィンゴフスキ。この界隈じゃ彼を知らないものは居ない。現役のフットボーラーなんだ。そして彼の隣にいるのが図書館司書の77代目三島由紀夫ソウルブラザーズ。彼らはいつもスロースターターだけどそれは相手を油断させる為なのさ」

 エウレカセブンが再び鞭を振るおうとすると、今度はそれを読み切ったという感じで軽々と避けるレヴィンゴフスキ。勢い余ってよろけたエウレカセブンを77代目が羽交い締めにする。

「うおおおおおおおおお!!!!脱ーがーせっ!脱ーがーせっ!脱ーがーせっ!脱ーがーせっ!」

 鼻息荒い野郎たちの脱がせコールが始まった。たまらず俺もコールに参加する。レヴィンゴフスキーが「オーケイ、わかっている」という表情でギャラリーを煽り、ゆっくりとエウレカセブンに歩み寄る。そして胸に手を掛けるや否や、勢い良く破り割いた!うおおおおおおおおお、たまんねえ、来て良かったぜ。

 しかし、そこにあったのはパイオツではなくまな板だった。

「おおおおおおおおおお良いぞレヴィンゴフスキー!!!!」

 それでも大歓声を浴びるレヴィンゴフスキ。

「オイ、エウレカセブンにおっぱいが付いてないのか?」

 俺はげんなりしながら関口に耳打ちすると、関口はあっけらかんとして答える。

「確かに着脱式だけど、今日は付けてないようだね。ははっ。まったくアニキはすぐ見た目に騙されるんだから。ここは女子禁制に決まってるじゃないか」

 してやられた。もう帰ろう。踵を返しかけたところで、俺は当初の目的を再度思い出す。そうだ俺はスカウトの為にココへ来たんだった。それに関口の左手が俺の尻を開放してくれそうにない。
 再びリングに目をやると77代目とフォーの取っ組み合いが繰り広げられていた。しかしどうやら77代目に分がありそうだ。フォーはどんどん沈んでいく。ちょっと待て、沈んでいく……だと?

「アニキ、泥のリングでやるから泥レスって言うのさ。足もとを見てみな。フォーは素足だけど、77代目は履物を履いているだろう?パワーだけなら軍人のフォーが優勢に決まってる。しかし泥レスっていうのは力技だけで勝敗が決まるわけじゃないんだ」

 なるほど、77代目は何かを履いている。しかし目を凝らしてみるとあれは履物ではない。泥だらけだがかろうじて『岩波文庫 太宰治全集』という文字が読めた。まるで文庫本のような...というかどう見ても文庫本だった。信じられないことだが泥の中に文庫本を積み上げ足場を作っていたのだ。まるで竹馬じゃないか。推察するに、資材となる文庫本を提供したのは77代目で、建設したのはニッカポッカのレヴィンゴフスキーに違いない。2人の連携プレーに俺は暫し見惚れてしまった……。

「ンゴオオオオオオオオオオオ」

 絶叫が聞こえ、俺はハッとする。夢オチ……?いや、いつの間にかうとうとしていたようだが、俺はまだ確かに異空間に居る。見るとエウレカセブンがレヴィンゴフスキに馬乗りになり、滅多打ちにしているではないか。待て、77代目は何をしている?リングを探すとフォーの姿も一緒に2人が消えていた。

「おい関口、なにがあった?なぜリングからフォーと77代目が忽然と姿を消している?神隠しか?」

「アニキ見てなかったのかい。泥に沈み行くフォーが77代目の腕を懸命に引っ張ったから竹馬がバランスを崩して2人とも泥に沈んじゃったのさ。おそらく今泥の中で格闘しているハズだよ」

 なんということだ。その隙を突いてエウレカセブンがレヴィンゴフスキに突進し、この光景というわけか。勝負は一体どうなる……。
 そのときっ。天井から大きな物体が真っ逆さまに落ちてきた。

「っ!?」

 人間だ。何者かはわからないが上半身が泥に埋まり足が二本だけ見える。俺は『犬神家の一族』を想起させブルっと震える。アレは生きているのか?

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 疲れることを知らない野郎共が絶叫する。どうやらこの場であの下半身の正体を知らないのは俺一人らしい。

「彼はもこみちワンツースリーさ。心配ご無用。いつもああやって登場するんだ」

 関口がやはり俺の尻を揉みながら答える。

「えっ、もちみちってあの……?」

 顔はまだ見えないが、そうならば大スクープだ。いつの間にか日テレを追い出され場末の泥レスラーになっていたとは。ならば彼をスカウトしようか。

「いや、もちみちの有名なフォロワーがもちみちワンツースリーさ。大のグルメ好きで美食家レスラーとして泥レス界では異端児とされているんだ。あっ、泥から上半身が出てきたようだよ」

 もちみちワンツースリーのご尊顔は泥まみれで全くわからないが、その手にはホースのようなものをしっかり握りしめていた。するとそこから勢いよく何かがエウレカセブンに向けて発射された。

「関口あれはなんだ!?水かっ?ローションかっ?」

「オリーブオイルに決まってるだろう」

 レヴィンゴフスキに馬乗りとなっていた態勢を崩し、エウレカセブンは後退する。その間にもこみちワンツースリーはオリーブオイルと泥を巧みに中和させ、77代目を掘り起こした。一気に形勢逆転だ。
 なんとかフォーも泥から這い出ることに成功したものの、放たれるオリーブオイルの雨に降られ、足もとがヌルヌルして前進出来ない。更に77代目が『岩波文庫 太宰治全集』を2人に投げつけてリーチを取り、それに気を取られたエウレカセブンとフォーは背後に忍び寄るレヴィンゴフスキーに気付くことが出来なかった。

「今だ!いけえええええ!!!!」

 俺は思わず叫んでいた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 今日一番の雄叫びが場内に響き渡る。レヴィンゴフスキのジャーマンスープレックスが決まった。

「今度こそ勝負アリ……だな。すげぇものを見てしまった」

 エウレカセブンとフォーは痙攣して立ち上がることが出来ない。鳴り止まぬ場内の歓声。拍手喝采。

 俺は震えていた。こんな戦いが地下で、しかも人知れず行われているなんて。関口が言うように、エウレカセブンとフォーの攻撃は確かに強烈だった。しかしこの2人が攻+攻だったのに対し、レヴィンゴフスキ、77代目、もこみちワンツースリーは攻+守を3人で完璧に分配しそれを実践していた。押して引いてのピストンが上手かったのだ。きっとこの差が勝敗を分けたのだろう。

「強烈な奴らに出会っちまったよ関口」

 俺は感動を伝えようと、関口のほうを向くとそこに関口の姿は無かった。消えた。奴は消えてしまった……。俺の尻に消えない手形だけを残して。

・・・・・・・・・


「というわけさ」

 時刻は既に2時を回っている。間もなく閉店なので帰ってくれというマスターの視線など気にも留めず、コク太郎は女にマシンガントークを繰り広げ、とうとうそれを完遂させた。

「でも、結局スカウト出来たわけじゃないんでしょ?」

「ああ。だけどアテがありゃ店を畳まなくても良い。なぁに、一人ずつ確実に落としていく。あいつらは全員俺のモノだ」

「凄い自信ね。お手並み拝見させてもらうわ」

 コク太郎は内心不安だった。女豹、軍人、フットボーラー、図書館司書、グルメ王……とっておきの人材だが奴らが欲しがるものはなんだ?奴らはあのリングの上で何を求めている?それを俺が与えれば奴らを手に入れることが出来るのか?

「フッ」

 考えても仕方がないな、とコク太郎は思った。わからなければあの地下へまた足を運べば良いのだ。いずれ奴らの欲の正体が見えてくる。コク太郎は不敵な笑みを浮かべた。

「ところで。盗まれた財布はもういいの?」

 女がコク太郎に尋ねる。同時にマスターの鋭い視線をコク太郎は感じ取った。

「なぁーに、あのチケットに比べりゃ財布なんざ安いもんさ。あのブラジル人には頭が上がらねぇ」

 コク太郎はカラになったグラスを甘噛みしながら、そういえば財布が無いのだから飲み干したテキーラの代金を支払う金も持ち合わせてないことにようやく気付くのだった。

(続く)




■フォリーガ・第5節終了時点

          勝ち点
レヴィンゴフスキ   10
77代目MSB      10
ココガヘンリク日本人 6
軍人フォー      4
アーチーチーアーチ  4
もこみちワンツースリー4
イサオーバメヤン   4
関口(メンディ坂野) 3
背番号19       3
背番号33       3
背番号20       1
ワシミウソン     0
オマル        0
NAGA♂
松木コク太郎      

※全節終えた時点で上位4名はオネェ式チャンピオンズリーグ(OCL)進出。下位3名は身の毛がよだつオネェ式罰ゲーム。

■連載中

仮面舞踏会×泥レス『雄猫たち』

糸魚川主役のミステリー『迷探偵イット』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-18233919
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-19213355
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-20214939

ヘンリク主役の官能小説『蜜壺症候群』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-05-12224424

■連載予告(年内)

セカタビ主役の世界紀行ドキュメンタリー『拝啓、親父へ』

チェレヴィチキ主役のラブロマンス『恋い焦がれるマトリョーシカ』

KAGEURA主役のサイコスリラー『復讐するはワイにあり』

メディシンマン主役のインテリヤクザ物語『極道ってやつに足を突っ込んでみた』


■連載終了

仮面舞踏会×フットボール『ガゼッタ・デロ・オネェ』
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-01-09221627
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-02-04215445
http://www.fuoriclasse2.com/cgi-bin/read.cgi?2017-03-12222254




スレッド作成者: 辰巳 (Yaai8KpkT1M)

このトピックへのコメント:
お名前: コメント: ID Key: IDを表示
悪質な誹謗・中傷、読む人を不快にさせるような書き込みなどはご遠慮ください。 不適切と思われる発言を発見した際には削除させていただきます。
(05/20 - 23:32) 長いけど面白い
(05/20 - 23:23) 本好きにグルメ好きってちょっとしたプライベートトークが全部拾われてるな。辰巳が夕食発表マンか?とすら思う
77代目 (05/20 - 23:22) こういう形になったのか。『三ツ星マッスルデラックス』てのはどんな店だろうか。このままいくとスカウトされそうなんだが。妻の服を借りて今のうちに少し練習しておくか・・・
名無し123 (05/20 - 23:11) 出落ちかと思いきやオリーブオイルかけまくり(笑)
(05/20 - 23:10) 77代目三島由紀夫ソウルブラザーズってなんやねんw
(05/20 - 22:46) レヴィンゴフスキwwwwwwwwww
(05/20 - 22:45) なんなんすか これ
(05/20 - 22:45) ↓ワロタ
エイスメンディ (05/20 - 22:43) 次回のディベートスレに私が参加しなければまたもやコク太郎の尻を揉む役なんですね、分かります。
(05/20 - 22:41) 2話はメンディがリングに上がる流れかな
エイスメンディ (05/20 - 22:37) なるほど、こりゃあ確かに名無しが参加したくなるかもしれない。創意工夫、ですね
(05/20 - 22:33) クッソワロタ
(05/20 - 22:29) いつの間に執筆してるんだよw